マクロビオティックの食事法を実践すると、中庸の精神が得られるとされる。
気持ちの揺らぎが少なく、くよくよイライラしにくい。静けさと情熱を兼ね備えた、とても生命力に満ちた精神だ。
だがこれが果たしてマクロビオティックだけで手に入れられるのか、私は当初から疑問に思っていた。
私は現在、良好な精神状態を保っている。
日常のささいな出来事やふと浮かんだ不安から、気持ちが乱れることもある。 けれど数年前に比べれば、一次元違うと思えるくらいの境地には立っている。
それはもちろんマクロビオティックのおかげもある。マクロビオティックの食事により、精神の核の質に磨きがかかり、体調が良くなるとともに気持ちも上向いた。
マクロビオティックに出会えて、生活に取り入れたからこそ得られた精神であり、感謝は尽きない。
けれど、マクロビオティックを学ぶ三年も前の2004年。ひどい落ち込みと挫折感、未来への不安、自分の居場所がないような恐怖感で、毎月下痢を繰り返すほど精神的に衰弱していた私を最初に救ってくれたのは、生きることの意味を説いた書籍たちだった。
エリザベス・キューブラー・ロスの『「死ぬ瞬間」と死後の生 』から始まり、『般若心経入門―生きる智慧を学ぶ』などの 宗教本、『人生の答えはいつも私の中にある』などの人生哲学系、『シルバーバーチの霊訓』などの堅い霊的真理系、何十冊も読んだ。
この読書経験を通じ、私は真っ暗闇の底からすくい上げられ、「生きているだけでいいんだ」という安心感を得て、ようやく自分の存在を肯定できるようになったのだ。
たどり着いたのは、それまでいた暗くてとげとげしい世界とはまるで違う、輝きに満ちた世界。羽根がついたように心も体も軽く、下痢もぴたりと治り、楽しく毎日を過ごせるようになった。
マクロビオティックに出会ったのは、その後のことなのだ。
マクロビオティックによって精神状態がさらに向上したのは事実だが、すでに読書によってだいぶ救われていたからこそここまで来られたというのが本当のところだ。
精神的な苦しみを抱えておられる方が、マクロビオティックに救いを求める場合があると思う。そんなとき、食事の内容だけで気持ちを穏やかにしようというのは少し時間がかかりすぎる方法なのではないかと私は感じている。
創始者の桜沢如一氏だって、食事だけで精神を磨いていたのではない。彼は、大変な読書家だ。あらゆる分野の本を読んでらっしゃる。そういう中で学んだこともたくさんあるだろうと思う。
食事によって心身の改善をはかるだけでなく、生き方を説いた書物を読むなどのもっと直接的な努力も同時に行った方が良い。
マクロビオティックだけで今の境地に至れたとは、私は思っていない。