「ソバカキ」というものに前から興味を持っていた。
桜沢如一著『新食養療法』の中に、「新しい食生活の第一期食」として出てくるのだ。
ソバカキとは?
『ソバ粉(水又は湯にてソバカキとし、塩味とし、生ネギ又は大根オロシ五瓦位そえる)』(p.50)(強調筆者)
第一期食にはAからEまで五種類の献立が紹介されているのだが、その中でこの「ソバ粉」という献立は異彩を放っていた。
ソバ粉を水か湯でどうにかすると「ソバカキ」なるものができるらしい。そしてソバカキは、それだけで一食とできるほどの素晴らしいものらしい。
ソバカキ。まったく聞いたことがなかった。古色蒼然として不思議な響きである。一体、ソバカキとは何なのだろう……。
新食養療法を初めて読んだときに芽生えたこの小さな疑問は、一年以上をかけて心の中でふくれあがり、「よし、それじゃあいっちょソバカキを作ってみるか!」と最近ではレシピをネットで調べ始めるまでに至っていた。
深大寺そば
ここでちょうど、私の趣味である神社仏閣巡りとソバカキとが奇妙な縁で結ばれた。
私が次に行ってみようと目星をつけていたのは「深大寺」(じんだいじ)。深大寺の周辺には「深大寺そば」を食べさせる店がたくさんあるのだという。
へえ、だったらそこでそばでも食べてこようか……。
ん? 待てよ? そば? 私は深大寺近くのそば屋のお品書きをネットで調べてみた。
するとやはり! 「そばがき」というのがある!
よし、このさい、自分で作る前に本格派の「そばがき」を食べてみよう!
なんともグッドタイミングである。ソバカキへの興味が頂点に達するのと、そばで有名な寺へ行こうと思い立つときが重なるなんて。
かくして私は、「そばがきを食べる!」というわき上がるような情熱を胸に、深大寺行きのバスに乗り込んだのだった。
バスで深大寺へ
30分ほどで深大寺前のバス停に到着し、私は出発前に用意しておいた地図を広げた。深大寺周辺には20あまりのそば屋が軒を連ねているわけだが、その中でも私が狙いをつけたのが一休庵。
国産のそば粉を使っているというのが最大のポイントだった。加えて全席禁煙となるとこの店しかなかった。
一休庵に到着
地図を頼りに歩いていくと、目印の水車をすぐに発見した。あった! ここだ。
まだ客の少ない店内に入り、席に着く。頼むものはすでに決まっているのだが、一応お品書きを開いて確認する。↓
↑あったあった、「粗挽きそばがき」。ふふふ。
そばがき注文
注文を取りにやってきた店員さんに「そばがきを一つください」と言うと、「……そばがき!?」と驚いたように言われた。
「は……はい!」「ちょっとお時間かかりますけどいいですか?」「ああ、はい、大丈夫です」
店員さんを見送って、私は腕時計を確認した。時間がかかるって、そばがきは作るのがそんなに大変なのかな。それにあの意表を突かれたような反応。そばがきって頼む人が少ないんだろうか。いや、お品書きにも載ってるんだし、そんなこともないだろうけど……。
一体どんなものが運ばれてくるのか、そわそわしながら待っていると、10分ほどで「お待たせしました」と声がかかった。案外早いな……と思う間もなく、目の前にそばがきが置かれる。
↑わあ、これがそばがきというのか! 大きなだんごが、濁った湯の中に沈んでいる。
しかしこれはどこからどう手をつけていいものやら……。盆の上を見つめて硬直していると、私の心情を察したのか、店員さんが食べ方を教えてくれた。
「このつゆに薬味を入れて、そばがきをつけて食べるんですよ」
「ああ、そうなんですか。わかりました。ありがとうございます。私、そばがきって食べるのが初めてで」そう言うと、店員さんは笑った。
「私も、お客さんには出すけれど、自分では食べたことがないんですよ」……これには私も苦笑せざるをえなかった。
ふわふわ滑らか食感
気を取り直し、早速そばがきに箸を入れる。ふわっ、ふるっとしていて、何の抵抗もなく切り分けることができた。
つゆに薬味を入れて混ぜ、そばがきをひたして口に運ぶ。
そば粉と水だけで作られているとは思えない、なめらかでぬめりのあるムースのような食感である。
濃いめのつゆがよく合う。そばの香りを楽しみながら、そのとらえどころのない味と食感を追究しようと、私は次々と箸を進めた。
これが「そばがき」か
そばと言えば麺と思っていたけれど、こんな食べ方もあったのだ。これが、桜沢氏が食養の第一期食として献立例に加えていた堂々たる完全食「ソバカキ」なのか。
私の脳内データに「そばがき」が加わった! 新たな食の平野が開かれた気分だった。
ふわふわしていて食べやすいため、大事に食べていたのに10分ほどでたいらげてしまい、私は出されたほうじ茶をすすって席を立った。
原料を尋ねる
会計時、思い切って聞いてみた。「そばがきは、そば粉だけで作られているんですよね?」
店員さんは、瞳の奥に誇りをにじませながらうなずいた。「はい、そうですよ。よく、長芋や里芋が入っているのかと聞かれるのですが、そば粉と水だけでできているんです」
「そばには、そば粉の割合によって二八そばや九割そばがありますが、十割そばが一番香りも良くておすすめです。そばがきも十割ですからそば粉の風味が生きています」
なるほど、「そばがき」はつなぎなしの十割そばのようなものなのか。しかし、小麦粉であればただ水と練り合わせただけでここまでふわふわになどなり得ないのに、そば粉の潜在力はすごいものである。
お土産にそば粉を買う
↑一休庵のそばがきをお手本に、帰ったら自分でも作ってみようと思い、店先でそば粉を買った。妹へのおみやげにそば饅頭も買った。
ちなみに……。自然食品の店で売っていなかったら困るからと思ってそば粉を一休庵で買ったのだが、帰りに念のため自然食品の店に寄ったら、国産の、しかも有機栽培のそば粉が売っていて脱力した。
↑桜井食品 国産石臼挽き有機そば粉
せっかくなのでこの有機のそば粉も買って帰宅した。
自然食品の店で売ってるって知ってたら最初から自然食品の店で買ったのになあ~と思いながらも、いいや、一休庵で買った意味もあったと気を持ち直す。
一休庵のそば粉の後ろには、そばがきの粉と水の割合が載っていたのだ。
一休庵のそばがきの配合を知れたのは良かった! それを元に作ってみるぞ~!
というわけで、一休庵の配合で作ったそばがきのレシピを近日中に掲載する予定なので、楽しみにしていていただきたい。
(追記:そばがきのレシピ掲載しました。)
(追記2:初めての「そばがき」手作り体験記はこちら)
追記:手作りは難しい
2019年追記:上述したように、私は、そば屋で食べたそばがきの味・食感を目標に、そば粉を用いて家でそばがきを手作りしてみたのだが、結論から言うと、そばがきは、手作りするのは難しい。
一応形にはなるし、それなりに美味しくもあるのだが、つみれダンゴ風になってしまって、どうしてもあの「ふわっ」としたムース感が出ない。
多分、鍋で練り上げるときの力が足りないのだと思う。だが私の腕力ではあれ以上は無理だ。
「単純だからこそ難しい」という料理の筆頭だなと感じている。