心というものは汚れやすい。傷つきやすい。あまりに無防備な、まあるい、光の玉だ。
私は、鎧と兜をまとい、剣と盾を持ち、心を警護する騎士となる。
悪は断つ! 剣を構え、敵の襲来に常に備える。
まず最も警戒しなければいけないのは、自分の内側から来る悪である。
たとえば、誰かや何かに対する悪口。
「悪口を言わない人間になろう」。大学に入学したとき、新しい門出を迎えることへの記念のような気持ちで決意した。相手を傷つけない、優しい人間でありたい。
だが、この悪口を言わないというのが存外に難しいということを私はすぐに悟った。
やっぱり、いやな人というのはいるのだ。いやな人に対していやだと思い、たまに誰かに愚痴を言いたくなるのは仕方ないじゃないか?
悪口を言わないというのが、相手を思いやりすぎて、自分の感情を犠牲にしているような感覚もあった。
「悪口を言わない人間になろう」。う~ん、高尚で素晴らしいけれど、自分には無理みたい。
せっかくの決意も反故にして、私は大学生活を送った。
しかしその決意を新たに心に掲げる日がやってきた。
大学卒業後、思い通りにいかない現実に疲れ果て、「もうこれ以上傷つきたくない」と、自分の心を守る方法を模索し始めた。
そして気づいたのだ。悪口というのは相手を傷つけると同時に、自分をも傷つけるのだということを。
なぜなら、相手と自分はつながっている。
この肉体は細胞から成る。細胞は、突き詰めて考えれば、顕微鏡でも見えないほどの微少物質から構成されている。
物質というよりエネルギーとも言えるような、そんな小さな粒の集合体が空気に溶けている。それが人間。
肉眼で見ればはっきりと、空気と体の境目はわかるし、手で触れることもできるけれど、小さな粒として考えたとき、私は空気に溶けている。
同じように、相手も空気に溶けているのだ。
境界線など、本当は存在しない。
だから、「相手」も「自分」もない。相手を狙って放った矢は、間違いなく自分に刺さるのだ。
「悪口を言わない人間になろう」。私は再び心に誓った。やり遂げなければいけない。相手のためではなく、自分のために。
~悪口を言わない・その2に続く~